サロベツ原野の東端をなぞるように進んでいった

2011.12.03

墨を塗ったかのような車窓が、サーチライトをあびたみたいに急に明るくなって、16時37分、天塩中川着。音威子府以来の峡谷から平野に躍り出る境目の町である。駅名はもともと、アイヌ語の「ポンーピラ」の音訳「誉平」だったが、当て字に無理があり、読めない人も多かったらしく、昭和二六年に「天塩中川」に改称されている。木造の古めかしい駅舎の待合室内にはクリスマスツリーが飾られ、その傍らで女子高生か四人、参考書か何かを読んでいる。

[参考情報]
下関 ホテル
下関・宇部周辺のホテル - じゃらんnet
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加古川プラザホテル
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ホッとする眺めだが、もしかしたら狐が化かしているのかもしれない。再び窓外は漆黒の闇が続くばかりとなり、退屈しのぎに車内を一巡して見れば、1・2号車の指定府は三〇人、3号車白由席は二四人という乗り具合であった。乗客は妙におばさんが多く、みな、示し合わせたかのように座席を二人分占領し、横になって寝ている。まるで夜行列車の風情である。なんだか夜も更けてきたみたいな感覚にとらわれたが、時計を見れば、まだ夕方の五時。辺境の地は、なにか時間の流れが都会とは異なっている。17時10分、幌延着。北緯四五度線の通る町で、「北半球ど真中」と記された看板が駅舎側のホームに掲げられている。北緯31度の西人山から14度も北へ進んできたわけで、やはり長い旅である。幌延から日本海に沿って南下し、羽幌、留萌へと至った固鉄羽幌線というのが走っていた。明日はその代替の沿岸バスに乗って留萌経由で札幌に出てみようと思う。いくらすすき野で大暴れするからといっても、そんなに急いで行くこともないので、力昼付近の海岸線に並ぶ、西風除けの板塀に肢われたアパッチ砦のような外観の民家など、日本離れした景観をおおいに楽しんでいくつもりである。まあ、この宗谷本線の車窓も、十分に日本離れしてはいるけれども。幌延を出ると、我が「サロベツ」は、名の由来でもあるサロベツ原野の東端をなぞるように進んでいった。誰茫と果てしない、見はるかす原野の向こうに利尻岳の屹立として彫りの深い山容を拝めるはずなのだが、この時間では、それは夢の又夢。もう二時間早ければ、『天北原野』のラストシーンの描写にあるような、利尻岳にかかった雲が、夕光にいよいよ茜に映えてといった光景に出会えたかもしれなかった。




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